ダイヤはダイヤでも

土曜日は、おいらの祖父母のダイヤモンド婚式(結婚60周年記念)のお祝い会をおいらの実家で開催しました。
主催のおいらの親父とおばさんはかなり乗り気でしたし、
祝われる側の祖父母もかなり乗り気でした。

ただ、おいらとかおいらの妹(祖父母からみて孫の世代)は、
それほど乗り気というわけではなく、なんとなく参加していたような感じでした。

おいらとしてはゆうきのインフルエンザが気になるし、
おいらの体調もあまり良くないので乗り気ではなかったです。
とりあえず、参加しましたという感じです。

このお祝い会の中では、祖父母からみて子供2人(おいらの親父の世代)と孫4人(おいらの世代)から祖父母へのお祝いの手紙を読むという催しがありました。
もちろんおいらは孫の立場なので、手紙を用意していくことになってましたが、
準備して無かったです。
おいらの書く文章は、年を取った祖父母には過激すぎて受け入れられないと思ったからです。

だいたい、おいら以外の孫が書いた文章は、
「お祝いの言葉と、祖父母がこんな素晴らしい人であるとかのほめ言葉など。
そして、祖父母を見習いたいとか、今後も仲良くとかのありきたりの言葉などでした。」
まあ、おいらのように手紙を書かないのもどうかと思うけど、
ああいう手紙を書くのもどうかと思うのだ。
(年寄りはほめて喜ばしておけっていう雰囲気がどうも嫌いなのだ)

おいらが祖父母に思うこと。
まず、素直に思うことは、ダイヤモンド婚(結婚60年)はすごいことです。
もし私がダイヤモンド婚を迎えるまで生きるとしたら、あと約XX年生きねばなりません。
あとXX年生きると、私はXX歳(平均寿命をはるかに超えている)です。
いまの日本人の平均寿命からすると、無理でしょうね。
今後日本人の平均寿命は短くなっていくと思われるので、やはり無理でしょう。
なので、このダイヤモンド婚を迎えられたということはすごいことです。

でも、この2人に対して尊敬すべきことはまるで見つからないのです。

ダイヤモンド婚が達成可能だったのは、
「結婚が早かったこと」と「健康」の2点です。

昔は周りの人たちによって結婚相手が決められ、結婚にいたると聞いています。
なので、ダイヤモンド婚が可能となった理由である「結婚が早かった」ということは、本人たちの努力の結果でもなんでもないので尊敬に値しません。

もう一つの点「健康」ですが、こちらも誰もが努力する範囲で努力した結果であり、特に尊敬には値しません。

その他、生活を普通に続けていくことや、夫婦が別れずに長年連れそうことも特に尊敬に値しません。
おいらにも出来る自信があるし、おいらからすれば至極当然の話ですので。

以上のことから、ダイヤモンド婚が迎えられたのは、
たまたま運が良かったということです。

もし、私が祖母の立場なら、こんなに大声で怒鳴る主人なんて嫌ですね。
グッド バイ ですね。

そして、もし、私が祖父の立場なら、こんなに細かいことや愚痴ばかりの妻には愛着をもてないでしょう。
グッド バイ ですね。

でも、この2人はなんだかんだ文句言いあって、
60年も連れ添っているではありませんか。
もし私がこの夫婦のどちらかであれば、
この60年達成は不可能な話です。

やはり運がいいのです。
何気にこういうことが運命というものなのかも知れませんね。

私の好きな言葉で「人は自分が思うようになる」という言葉があります。

要するに、このダイヤモンド婚は夫婦が言葉には出さずともお互いが望んだ結果であり、お互いが望んだ夢なのです。

この夢をかなえたことに対し、おめでとうということと、
そして次はどんな夢をかなえるのか、それを楽しみにしています。

以上、お二人への祝福の言葉でした。

ちなみに私のささやかな夢は(話すと長くなるので手短にいうと)多くの資産を有することです。

そして最後の最後は、「わが人生にいっぺんの悔い無し」と言い、
笑ってあの世に旅立つことです。

それらが、私のささやかな夢です。

「夢は必ずかなうもの」という言葉を信じて、おいらは夢を追い求めるのだ。

金持王に俺はなる!
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by namekichi3 | 2005-03-06 21:59 | 日記
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